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最高裁判所第二小法廷 昭和58年(オ)1064号 判決

上告人

高瀬嘉哉

右訴訟代理人

泉昭夫

被上告人

高瀬守

右訴訟代理人

桜川玄陽

主文

原判決中別紙物件目録(四)の土地につき上告人敗訴の部分を破棄する。

右部分についての被上告人の本件控訴を棄却する。

上告人のその余の本件上告を棄却する。

訴訟の総費用は、これを一〇分し、その九を上告人の、その余を被上告人の各負担とする。

理由

上告代理人泉昭夫の上告理由一及び三について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、いずれも採用することができない。

同二について

原審は、被上告人の本訴請求のうち原判決別紙物件目録(四)の土地(以下「本件(四)の土地」という。)に係る請求について、次のとおり判断している。(一) 被上告人は、昭和二三年七月ころ、訴外亡高瀬弥太郎からその所有に係る愛知県渥美郡渥美町大字堀切字土ノ花五二番畑二畝二八歩(以下「土ノ花の土地」という。)の贈与を受け(以下「本件贈与」ともいう。)、その引渡を受けて占有を開始し、昭和四〇年ころまで右占有を継続していた、(二) 被上告人は、土ノ花の土地の占有を開始するにあたつて、その所有権を取得したと信じていたものであり、このように信ずるについて過失と咎むべき事情も存しないから、昭和二三年七月ころから土ノ花の土地を所有の意思をもつて平穏公然に占有し、その占有の始め善意にして過失がなかつたというべきであり、したがつて、昭和三三年七月の経過とともに、土ノ花の土地の所有権を時効により取得したものというべきである、(三) 土ノ花の土地は、昭和四八年一二月一三日土地改良法による換地処分により、他の八筆の土地とともに本件(四)の土地が換地として指定されたから、被上告人は本件(四)の土地につき土ノ花の土地相当の八〇〇三分の九〇の割合による共有持分を取得した、(四) 本件(四)の土地は上告人の所有として登記されている、(五) したがつて、上告人は被上告人に対し、本件(四)の土地につき、被上告人の持分を八〇〇三分の九〇とする持分移転の登記義務があるから、被上告人の本件(四)の土地に係る請求については、右持分の移転登記を求める限度で認容すべきであるが、その余は理由がないとし、右請求を全部棄却した第一審判決に対する被上告人の本件控訴を右の限度で容れ、その余の右控訴を棄却すべきものとし、この趣旨で第一審判決を変更している。

しかしながら、原審の右判断は到底首肯することができない。その理由は次のとおりである。

被上告人が本件贈与に基づき土ノ花の土地の占有を開始した昭和二三年七月当時においては、農地の所有権を移転するためには、農地調整法(但し昭和二四年法律第二一五号による改正前のもの)四条一項及び三項、同法施行令(但し同年改令第二二四号による改正前のもの)二条の各規定に従い、都道府県知事の許可(以下「知事の許可」という。)を受けることが必要であり、右移転を目的とする法律行為は、これにつき知事の許可がない限り、その効力を生じないとされていたのである。したがつて、農地の譲渡を受けた者は、通常の注意義務を尽すときには、譲渡を目的とする法律行為をしても、これにつき、知事の許可がない限り、当該農地の所有権を取得することができないことを知りえたものというべきであるから、譲渡についてされた知事の許可に瑕疵があつて無効であるが右瑕疵のあることにつき善意であつた等の特段の事情のない限り、譲渡を目的とする法律行為をしただけで当該農地の所有権を取得したと信じたとしても、このように信ずるについては過失がないとはいえないというべきである。本件において、原審の認定するところによると、被上告人は、昭和二三年七月ころ農地である土ノ花の土地の贈与を受けたが、右贈与については知事の許可がなかつたというのであり、また、記録に照らすと、被上告人は、原審において、前示の特段の事情のあることを主張・立証していなかつたことが明らかであるから、被上告人が本件贈与を受けたことのみによつて土ノ花の土地の所有権を取得したと信じたとしても、このように信ずるについては過失がなかつたとはいえないというべきである。したがつて、被上告人に右過失がなかつたとした原審の判断には、民法一六二条二項の解釈適用を誤つた違法があるものというべきであり、この違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決中被上告人の本件(四)の土地に係る請求のうち上告人敗訴の部分は、破棄を免れない。そして、原審の確定した前記の事実関係及び右に説示したところによれば、右請求は理由がなく、これを棄却すべきことが明らかであるから、これと結論を同じくする第一審判決は相当であり、したがつて、右部分についての被上告人の本件控訴は、これを棄却すべきものである。

同四について

原審が適法に確定した事実関係のもとにおいては、上告人は、いわゆる背信的悪意者に該当するから、被上告人の本件(一)ないし(三)の各土地の所有権の取得につき登記の欠缺を主張することができないとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八四条一項、九六条、九二条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(鹽野宜慶 木下忠良 大橋進 牧圭次 宮﨑梧一)

上告代理人泉昭夫の上告理由

一、原判決は原判決書中の物件目録記載の土地(以下本件土地という。)中(一)の土地につき贈与を認めているが、これにつき民訴法第三五九条第一項第六号に定める理由不備の違法がある。

1 原判決は理由二中において贈与当時鶏舎を除き残部は畑であり、後になつてさらに乾燥室が建てられたとしている(判決二二丁)。しかも現在に至るまで地目は農地である。とすれば贈与当時は明らかに農地だから、その贈与による移転のためには愛知県知事の許可を要すること明らかであるから贈与につき何らの所有権移転の効果が右許可を得ない以上無いのだから理由五において原判決が認定した第一審原告の所有権取得は認められないというべきである。

2 本件(一)土地の第一審原告の占有並びに引渡しを受けた部分につき原判決は一筆の土地としているが、そもそも右原告が贈与を受けたのは鶏舎であり、その敷地はその必要部分に限られていたものであり、従つて大部分の残余は畑であつたり、乾燥室であつたりし、いずれも第一審被告ないしその父側で占有、使用していたものである。これらの点につき十分審理せず引渡しを認定したことは理由不備というべきである。

二、原判決は理由六項において本件(四)土地につき一〇年間の取得時効を土ノ花相当分について認めているが、占有の開始において農地法により愛知県知事の許可を得なければ農地の所有権を得られないことを当然承知すべきであつたから過失ありというべく法令解釈に誤りがある。

1 本件(四)の一部たる土ノ花の占有につき、それが贈与により得たとするならば当然愛知県知事の許可を要するところであり、許可に関する何らの書類を得たこともないまま占有したとしたなら重大な過失があるというべきである。一般的にいつても許可等を要する場合、それが効力発生要件であるから、それを得ないでする占有は過失ありということになる。とすると本件の場合二〇年間の取得時効となる。

2 ところで本件においては土ノ花は昭和二三年七月から昭和四〇年までしか第一審原告は占有していなかつた(理由六―1、三五丁)のだから占有期間は満二〇年に達しないから二〇年間の取得時効も認められないこととなる。

三、原判決は贈与の外見的事実があつたとしその理由として自創法にもとづく農地買収の対象となり保有し得なくなつたため、買収されることを避け第一審原告らに贈与したとしているが、法令解釈を誤つている。

1 自創法、農地調整法等いずれも親族に対する贈与の届出をもつて買収しないこととする定めはなく、この方法が認められるなら、あらゆる農地買収は贈与の届出をもつて回避できることとなり何らの効果も期待できないこととなる。しかも県知事の許可を要するこれの権利変動につき何らの許可もないばかりか申請もせず、ただ贈与の届出のみで足るということは重大な誤りである。

2 もともと第一審原告は本件土地贈与は分家のためとしており、訴訟中に農地買収回避を主張変更したものであり一貫性がなかつたところ、単に贈与の届出をすれば農地買収が回避できるとする誤解により判断したものである。

四、原判決は第一審被告を背信的悪意者とし登記の欠缺を主張できないとしたが、これも法令の解釈を誤つている。

1 原判決理由五項(三二丁〜三四丁)において第一審被告の背信性につき述げられているが、つまるところ贈与者の義務を承継することを回避しようとしたことが背信性としている。しかしながら、贈与の対象は主に農地でありその権利取得には農地法による県知事の許可を要するにもかかわらず、それがないこと、又、その請求権は一〇年間で消滅時効となることからすれば、果して第一審原告に権利取得を正当に主張し得たかにつき疑問あるところであるから、これら状況下において第一審原告がこれを譲受けたとしても背信性ありとは言えない。

2 さらに第一審原告の取得時効については第一審被告の年令からしても知り得ないことであり、相続放棄により贈与者の義務を負担していない以上、正に第一審原告とは対等の立場にあるというべきでありこの点背信性ありとする原判決は誤つている。

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